麗らかな放課後。
硝子越しの冬の陽光は柔らかで、身を震わす寒さも部屋の中までは入ってこない。窓際は特に暖か。ぬくぬくとした平和な時間。部室内はとても静かだ。巡回やら買い出しやらで部員の殆どは出払っている。
俺と時任、二人きり。
俺は下世話な週刊誌の星占いを、時任はファッション誌を読んでいた。最後の会話は十分前に途切れたけれど、流れる沈黙に気まずさなどなく、どこか心地が良いモノだ。
……お。乙女座は今月、恋愛運ランキング一位。
俺も時任も乙女座だから、二人共、恋愛運は最高ってことだ。
だから何というワケでもないが、多少気分は良くなる。やっぱり、悪いって言われるより良いって言われる方が嬉しいものだ。
なんせ恋してるもんでねぇ。恋のお相手である時任は占いに全く興味ないみたいだけど。スピリチュアルなことは信じてないんだよね、女の子ってそーゆーの好きそうなのに。
顔を上げて時任に目線を移す。
俯いた顔を横から淡い陽射しが照らして、丸い輪郭が光って見える。
手元の雑誌を見詰める視線は熱い。そのページにはひらひらふわふわとした女の子の甘い欲望が目一杯詰まっている。
あーあ。熱心に見ちゃって。後でおねだりされていっぱい買わされるんだろうなぁ。
校務の時は最強の相方でも、デートの時はただの荷物持ち兼財布だ。
またバイト増やさなきゃ。
増やしたら増やしたで、寂しがって拗ねるんだけど。
俺の恋人は本当に我が侭だ。
そこがまた可愛いんだけどね。
そんな惚気たことを考えていると、見ているだけじゃ足りなくなってきた。
「時任」
名前を呼ぶと、大きめの耳をぴくりと動かして(ホント猫みたい)時任は顔を上げた。
「おいで」
甘めに囁くと、頬を少し染めた時任は机を回って素直にこちらへ寄って来る。そして背を向けて俺の膝の上にぽすんと収まった。普段は女王様のように尊大だけど、二人きりの時は結構甘えただ。照れながらもこうして触れ合うことを拒みはしない。
「ちょっとだけ触らせて」
「ちょっとだけだぞ」
俺の膝の上で時任は胸を張って偉そうにそう言った。
可愛い。
短い猫っ毛をくしゃりと撫でる。鼻先を埋めると、甘ったるいシャンプーの香りがした。使っているのは俺と同じシャンプーの筈なんだけど、とてもそうとは思えない。
耳朶にちゅっと軽く口付けると、それだけでぴくんと体を震わせた。服越しにゆっくりと体の表面を這う掌に、僅かに身を捩る。
本当擽ったがりだなぁ。
感度が良いとも言う。
腰、腹を辿って、胸に手を伸ばした。両の乳房を両の手で包み込むように触れる。掌に収まるサイズ。軽く揉む。柔らかい。
時任の身体に柔らかくない所なんてなかった。
何処もかしこもしなやかでふわふわで気持ち良い。
「……久保ちゃん」
「ん?」
暫く無心にその感触を楽しんでいると、笑っているような、呆れているような声で時任が、
「なんでそんなに俺のおっぱい好きなんだよ。隙あらば触ってね?」
と言った。
言われて、うーんと考える。確かに俺は時任のおっぱいが好きだし、隙あらば触っている。テレビ見てる最中とか、こうして二人きりになった時とか。
でも、何でかって言われても、ねぇ?
「時任も男になったら分かるよ」
「絶対分かんねぇし!」
力強く断言される。適当な答えじゃどうやら許してもらえなさそうだ。
「安心、するんだよねぇ。なんか」
それは別に胸に限らない。時任の体に触れているだけで無性に安らいだ。何でなんて、それこそもう「好きだから」なんていう陳腐な理由しか思い浮かばない。
「それに責任持って育てないといけないし」
無駄な脂肪が少ない時任の身体は華奢で細く、胸も決して大きいとは言えなかった。それについて特に不満があるというわけじゃないけど、大きいに越したことはない。
その程度の大した意味のない一言だった。しかし時任にとっては十分に聞き逃しがたい言葉だったらしい。
「なんか俺様の身体に文句でもあんのか?あ?」
「あるわけないっしょ」
地を這うような台詞と不穏な空気に、苦笑して後ろからぎゅっと抱きしめる。
普段は自分を賛美するような言動ばかりしているけど、胸のことは多少気にしているらしい。
俺が巨乳好きだと思っているから。
そんなことお前が気にする必要はないのにねぇ。でも、気にするのは俺のことが好きだからで、そういうのが無性に嬉しい。
「胸なんかない、それこそ男だったとしても俺はきっと時任を好きになってたよ」
「それは流石に引くわ」
時任は笑った。冗談だと思ったのかもしれない。
俺は考える。
時任が男の子になったらどんな感じかな。きっと、やっぱり猫みたいで、しなやかで気紛れでワガママなんだろうなぁ。今より強いのかねぇ。
今でさえ理解出来ないくらい強いのに、それ以上なんて想像の範疇を軽く超えている。
男でも、俺は時任を好きになるんだろう。
男でも、時任は俺を選んでくれるだろうか。
なんてね、馬鹿な妄想だ。
「ちょ、久保ちゃん!」
スカートの隙間から手を差し込むと焦ったように時任は声を上げた。
「ちょっとだけ」
太ももを掌で撫で回し、すべらかな肌の感触と柔らかな筋肉の弾力を楽しむ。しかし本当に細い。太ももだというのに、これでは名前負けだ。ダイエットなんてしなくて良いのに。心底そう思う。
時任は色々なダイエットを試しては直ぐに飽きている。春雨ダイエットは一週間も経つと、もう一年間は春雨を見たくもないとまで言っていた。昨日から始めたバナナダイエットは明日辺りにはもう飽きているだろう。
十分過ぎるほど細いのに、それでも果敢にダイエットにチャレンジする時任を駆り立てるものは何なのか、男である俺には一生分からないと思った。
足の付け根の直ぐ傍から膝まで何度も掌を往復させて、撫で回す。そしてそのまま更に柔らかい尻に手を滑らせた。
尻も形は良いけど小ぶりだし、安産型じゃあなさそうだ。
「駄目だって!」
時任が抗議の声を上げたが、構わずゆっくりとした手付きで俺の脚に乗る丸い尻と、そこを覆う手触りの良い布に触れる。
今日は白とピンクのレースだ。
時任の下着は全部俺が毎日洗って干しているから形状、模様、質感全て完璧に把握している。別に変なフェチだからというワケじゃない。
尻から手を離すと、ほっとしたように時任の体から力が抜けた。
甘いなぁ。
「……ッ!」
前に手を回して布越しに大事な所に触れると、時任が小さく息を詰めた。
抵抗するように体を捩ったけど構わずに、小さな突起をなぞる位の柔らかさで引っ掻くように指先を動かす。くにくにと弄り続けると、腕の中の体は余裕なくビクビクと体を震わせた。
「……ぁッ……はぁッ」
こうなると服の上からじゃ物足りなくなってくる。ワイシャツの裾から手を差し込んで、ブラジャーごと乳房を揉みしだいた。僅かに触れた肌は吸い付くようで、火照りを感じる。
ああ、邪魔だなぁ。服なんて全部取っ払って直接肌に触れたい。ここが部室じゃなきゃ、構わず脱がしちゃうのに。
脱がして、それで。
薄い布の隔たりの、更にその奥を中指で押した。
じわりと染み出す温くぬるりとした体液。
「濡れてる」
「く……ぼちゃん、が」
ふるりと体を震わせて、吐息と共にそう言葉を漏らす様が壮絶に色っぽい。
煽られてうっかり理性を窓の外に投げ捨てそうになった丁度その時、聞きなれた賑やかな声と複数の足音が近づいてくるのを両の耳が拾った。
あらら。タイムアップ。
「ッ! 離れろ!」
途端に暴れる時任の腰を腕でがっちりホールドする。片手で乱れた服を直してやりつつ、
「俺のここ、こーんなことになってるんだけど」
時任のあらぬトコロにあらぬモノを押し付けると、時任は体を硬直させた。
「時任のせいで」
「……久保ちゃん、が」
俯く。真っ赤な項が眼前に晒されて齧りたくて堪らなかったけど、流石に時間がない。拘束する腕を緩め、時任の膝を撫でた。
「時任がここで隠しててよ」
なんて、隠しようなど幾らでもあるし、時任が膝に乗り続けることによって興奮は覚めるどころか……だけど。
完全に腕を解く。
時任は動かない。
「さて、何て言い訳しようか」
ガラリと扉が勢いよく開く。
「ホント有害なのよアンタ達」
開口一番、桂木ちゃんは真夏の電気ストーブを見たような顔でそう言い放った。続くメンバーもぞろぞろと部屋に入りながら口々に、
「カイロにしてはデカいな」
「冬なのに真夏のようだぜ」
「これがムネヤケですネ」
「久保田せんぱいぃぃい!この……泥棒猫!」
時任を膝に乗せる俺と、俺の膝に乗る時任を野次って各々の席に座る。普段の時任ならこれだけ冷やかされれば赤くなって離れようとするけど、今日は茹蛸のようになりつつも膝の上から動こうとしない。
それに目敏く気付いたのか、桂木ちゃんは不審げな顔をして俺を睨む。
流石女の子。鋭いなぁ。
それに比べて男ってホントしょーもなくて馬鹿だよねぇ。好きな子にいつでもどこでも触ってたくてついつい盛っちゃったり、どんな形でも好きって言って欲しくて下らない事言ったりしちゃったり。
「いー加減離れなさい」
桂木ちゃんに促され、ヤケクソのように叫んだ時任の言い訳に一人ほくそ笑んだ。
「久保ちゃんの膝の上が好きなんだッ!」