霸(つきのくらいぶぶん)
 


時任はどうやらまた記憶喪失になったらしい。
朝、目覚めの第一声が「ここ、どこだ?」と来たもんだ。
今更、時任に何が起こっても俺は全然驚かないが(例え猫耳や尻尾が生えようとも)困りはする。
すっかり困って、とりあえず縛ってみた。
警戒して怯えた挙句、また部屋から脱走されたら堪らない。
二度目は流石に学習する。
問答無用で縛られた時任はえぐえぐ泣きながら、ベッドの上で縛られ、転がされている。
そう、泣いている。えぐえぐと。
時任の泣いてるトコなんて見たことがなかったし、情況が酷似している筈の、最初に拾ってきた時の警戒するわ怯えるわ、怒鳴るわなあの態度とは相当違う。
時任ならイキナリ縛られた場合、先ずは俺を睨んで大声で怒鳴り、罵り、考え得る限りの抵抗をするだろう。
縛られたまま、頭突きをするくらいの事はやってのけるかもしれない。
なのに。
強烈な違和感。
もしかして、記憶喪失じゃなくて、人格交替?
そんな馬鹿な、と思うけど、時任に限ってはあらゆる『あり得ないこと』があり得る可能性がある。
ベッドの脇に突っ立ったまま考え込んでいた俺の耳に、
「……うッ……おとうさん、おかあさッ…………おにいちゃ……」
そう呟く、涙混じりの言葉が飛び込んで来た。
飛び込んで来たそれは俺の中で反響し、意外なほど大きな力となって内側から揺さぶってくる。
……もしかして。
「アキラ、さんって知ってる?」
俺の問いかけに、時任は涙でびしょびしょの顔を上げた。
大きな目には塩っ辛い水が膜を張っていて、満遍なく恐怖と怯えを湛えている。
それでも、素直に、
「……しら、ないッ」
と答えた。
ということは、それより『前』か。
「君は、いくつ?」
「ごさい」
「五歳なんだ」
五歳なんだ。
……五歳なんだ。
意味もなく反芻する。
俺、今かなり驚いてるかも。
いきなり記憶が戻って、その時まで精神年齢も逆行したんじゃないかなーとは思っていたけど、まさか、五歳まで戻っているとは思わなかった。
そりゃ、五歳児が見知らぬ場所で怪しいお兄さんにイキナリ縛られたら怖くて泣いちゃうかもなぁ。
五歳の時任は、泣くんだ。
何だか、気が抜けた。
二十歳前後の、今の時任が時任の全てだと思い込んでいたらしい、自分に。
シーツに涙の染みを作り、小さく体を震わせている大きな五歳児を見詰める。
そして、こんな時任も結構ソソるなぁ、なんて思っている自分に呆れて苦笑した。
「アイス食べる?」
時任は泣くのを止めて、きょとんと俺を見上げた。
驚いた時の表情は、今と少しも変わらない。
「くう」
アイスなんかで懐柔されちゃって、相手は君を縛ったお兄さんだよ?もっと警戒心を持ちなさいよ、何て、縛った張本人が思うことじゃないか。
後ろ手に束ねた手と足を解いてやる。
時任は、逃げなかった。
 

ソファに座らせ、チョコレートのカップアイスをスプーンと共に与えると、時任は美味そうに食べ始めた。
自分の体に起こった変化に関しては、気にならないらしい。
幼いからなぁ。
或いは、体の感覚はそのまま残っているからなのか。
一時的なものなのか……暫くは、なのか、このままずっとなの、か。
原因は?対処方法は?
色々考えを巡らせている俺に、夢中でアイスを頬張っていた時任は、ふと、
「おにいちゃんはどこ?」
そう聞いてきた。
お兄ちゃん。
時任には兄が居たらしい。
俺は初めて知った。
時任は、知らない。
「学校に行ってるよ。後で迎えに来る」
適当な嘘を、あっさりと信じたようだった。
そのアーモンド型の目も、黒い猫っ毛も、細い体躯も、何一つ昨日までの、俺しか居ないお前のままなのに。
今のお前には家族が居るんだ。
「お兄ちゃん、好き?」
「すき」
時任は笑った。
その笑顔は、知っているものより少し幼くて、知っているものと違い、何も知らない子供の笑顔だった。
「お兄ちゃん、優しい?」
「やさしい」
「お母さんは?」
俺は彼是尋ねて、時任はそれに一々律儀に答えた。
敢えて時任の名前は聞かなかった。
聞きたくなかったからだ。
本当はきっと、俺は、時任のことなんて何一つ知りたくなんてないんだろう。
こうしてアレコレ聞いていても、本当は。
最初に、家族を呼ぶ声を聞いた時の衝撃が俺の中で今もジンジンと疼いている。
カップの中の溶けてしまったアイスクリームの残りを舐めようとして、鼻の頭に付いたチョコを俺に拭われる時の、
大人しい態度でさえ、世話を焼かれなれている、甘やかされなれていることが透けて見え、柔らかく俺を締め付けた。
五歳の時の時任は、幸せだったのだろう。
アイスを食べ終わった時任は、隣に座っている俺の肩に頭を預け、凭れ掛かってくる。
心細いのか、甘えているのか。
やがて、そのまますうすうと寝入ってしまった。
……馬鹿だなぁ。
なんでこんなに傷ついてるんだろう、俺。
時任は時任。
そんな言葉では済ませられないほど、幸せだったのだろう、いつかの時任は、そのいつかがあったことは、思っていたよりもずっと俺の心を抉った。
しかし、幸せなその時間は、何時の日か、打ち砕かれたのだろう。
泣いていた時任が泣かなくなるまでに、何度打ちのめされ、辛く、苦しく、痛い思いをしたのだろう。
しかし、例え時間が巻き戻ったとしても、それらの凶事が時任に訪れなければいいとは思わない。
幸せなままの時任は、俺に出会うことなんてなかっただろうから。
こうして今、俺の隣に時任を置いた、過酷な彼の運命に感謝した。
 
 

目が覚めた時任は、俺を見て、「何、人の寝顔ジロジロ見てんだよ、久保ちゃん」と、俺の名前を呼んだから、安心してとりあえず縛ってみた。
縛られた時任は俺を睨んで、「ふざっけんなこのド変態!!」と縛られたまま頭突きしてきたから、それは割りと痛かったけど、もっと安心した。
そして、時任に記憶がなくて良かったと心底思う。
温かな家庭と、優しい兄に甘やかされていた、甘えたで泣き虫な五歳の時任は永遠に時任の中で来るはずのない、お兄ちゃんを待ち続けているんだろう。
それを可哀想だとは思わない。
ごめんね、お前のお兄ちゃんじゃなくて。
俺で。
まだじたばた暴れている時任を、俺は無理やり抱きしめた。
 


☆後書き☆
ミナセさーん!!!
記念すべき7周年おめでとうございます!!!
日ごろお世話になってる上に「お願いじゃないから」なんて言われちゃ、
進呈せざるを得ません(笑)
とはいっても、こんな妄想捏造100%みたいなシロモノで何とも申し訳ないですが。
何年か後にはきっと潮一家のアレコレが判明することと思いますが、まぁその時は、
ギャグとして笑ってください。



樹理ちゃん、ありがとう〜〜v
いやいやいや、お願いじゃないからって言う時程めっちゃ
お願いだから!(笑)

まさかの五歳児時任にキュンキュン。
今の姿でえぐえぐ泣く時任の姿を見たら、そりゃ久保田の
眼鏡だって割れるよ!(割れてません。)
五歳までの幸せな潮家を思うと、「表情豊かだけど絶対
泣かない時任」になるまでの境遇を考えて切なくなる。

それにしても、どっちにしてもとりあえず縛ってみるって
久保田お前…(笑)









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